昨年末に「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」、いわゆる「IR(統合型リゾート施設)推進法」が成立したことにより、今年2017年が「カジノ時代」の制度的な枠組みをデザインする1年になることが決まりました。制度、すなわち枠組みは、政治家と官僚が法的に定義し組織を構築することによって、実体化されていきます。通常国家と臨時国会の狭間の時期である今の8月は、秋の臨時国会に向けて準備する期間となっています。
「カジノ時代」の新しい枠組みでは、IR・カジノの枠組みに、パチンコ業界の枠組みと、いわゆる「ギャンブル等依存症」対策の枠組みとが、重層的に絡み合います。
IR・カジノの枠組みでは、閣僚によって構成される「特定複合観光施設区域整備推進本部」および専門家によって構成される「特定複合観光施設区域整備推進会議」による約7カ月間にわたる制度の構築作業が「特定複合観光施設区域整備推進会議取りまとめ〜「観光先進国」の実現に向けて〜」として結実しました。この「取りまとめ」は特定複合観光施設区域整備推進本部事務局によって8月1日より首相官邸のホームページで公開されており、パブリックコメント(国民からの意見募集)が31日まで実施されています。また、この「取りまとめ」に関して全国9カ所で説明・公聴会が開催されています。この「取りまとめ」が、秋の臨時国会で提出される見込みの「IR実施法」案のたたき台となり、同法案がIR・カジノのグランドデザインについて規定し記述することになります。日本版IR・カジノの方向性は、「特定複合観光施設区域整備推進本部」の本部長を務めた安倍総理による4月4日の発言のなかに、すでに示されていました。モデルはシンガポールのIRとなっており、それよりも「クリーンなカジノを実現するため世界最高水準のカジノ規制を導入する」ことが目指されます。この政府方針が、これからのパチンコ業界の枠組みと「ギャンブル等依存症」対策の枠組みも規定します。
パチンコ業界は、パチンコの釘調整とパチスロの「設定」によって利益を調整するシステムを整え、換金を前提とした「特殊景品」と「景品交換所」と呼ばれる古物商による「三店方式」によって換金を可能とするシステムを整えました。その結果、所管法令である「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)」の企図した「遊技」の枠組みを逸脱する志向性を先鋭化させてきた経緯があり、実態としては「ギャンブル」に極めて近しい業態となっています。その結果、所管省庁である警察庁はパチンコ産業の実態を、これからつくられる予定のカジノと競合しない内容に修正する必要に迫られました。同庁は7月11日より「風俗営業等の規則及び業務の適正化等に関する法律及び遊技機の認定及び型式の検定等に関する規則の一部を改正する規則」案を公示してパブリックコメント(意見)の募集を開始し、8月9日に締め切りました。これは規則ですので、国会での審議を経ずに公布されることになります。
昨年末、IR・カジノの導入について審議する過程で政治家と国民・マスコミから強い懸念が示されたのが「依存症」の問題でした。パチンコ・パチスロと、競馬・競艇(モーターボート)・競輪・オートレースの公営競技を既存の「ギャンブル等」としてまとめ、これらへの「依存」問題対策を構築する必要がありました。昨年末の「IR推進法」についての審議の過程で衆議院は、カジノに関する規制だけでなく「ギャンブル等依存症患者への対策を抜本的に強化すること」を定める附帯決議を行っています。その後、少なくとも表面化した政治的な動きとしては、「ギャンブル等依存症」への対策がIR・カジノの整備に関する動きに先行しました。IR推進法の成立直後には「ギャンブル等依存症対策推進関係閣僚会議」が動き出し、本年3月31日には「ギャンブル等依存症対策の強化に関する論点整理」が公表されました。ここでは、ぱちんこ(パチンコ・パチスロ)と公営競技の「依存症対策」について現状と課題が「整理」されて示され、それが実質的に今後のこの領域における政策方針となりました。通常国会最終盤の6月13日には自民・公明両与党から「ギャンブル等依存症対策基本法」案が提出されましたが、国会はすぐに会期末を迎え、法案は次の国会へ継続審議のため送られました。
IR・カジノの枠組み、パチンコ業界の枠組み、そして「ギャンブル等依存症」対策の3つの枠組みの構築は同時にすすんでおり、それぞれ密接に連動しています。そのどれかの枠組みだけにフォーカスして、ほかの2つの枠組みを見ないのであれば、変化の本質を見誤ることになるでしょう。まず、IR・カジノを日本に実現させるという究極的な政治目標があり、そのためにパチンコ業界での規制強化と「ギャンブル等依存症」対策は行われます。そして日本版IR・カジノには、シンガポールのIR・カジノというモデルが存在します。これまで警察庁が排他的に所管してきたパチンコ産業の業界関係者や、主に厚生労働省の所管領域に含まれる「ギャンブル等依存症」の問題に関わってきたいわゆる「依存症業界」の援助職者など業界関係者は、それぞれ各業界が育んできた方法論と枠組みから業界の外部と接してきました。ですがIR・カジノの実現に向けて政府が一丸となって動いている現在、パチンコ業界と依存業界は複眼的な視野を持って社会と対峙し、カジノ時代に向けて新たな体制を再構築する必要に迫られています。
本年度中にも「ギャンブル等依存症対策基本法」と「IR実施法」が成立し、風営法の規則改正が施行される見込みです。これら法令の成立により、新時代の制度的な枠組みは確定します。新しい枠組みの内側へは、組織や施設、人材が投入されて、新時代の業界が実態を備えることになります。事態が動き始めてすでに8カ月目。すでに、新しい枠組みに向けたいくつかの動きが、民間レベルでも表面化しはじめています。
AGFJ 平田