2017年01月17日

これから本格化する議論を巡る環境

 敵対的な宇宙人が地球に侵攻してくるようなことがあれば、人間同士の戦争や紛争はすぐに停止され、「地球人」として共同して宇宙人に立ち向かうことになるだろうと言われています。逆説的に言えば、宇宙人でも登場しない限り、地球から戦争は無くならないだろうと言う悲観的な予言でもあります。

 この構図にパチンコ業界をあてはめてみると、パチンコ業界を「地球」として、「宇宙人」にあたるのがカジノなのかもしれません。パチンコ業界内の「国」に相当するのが、遊技機メーカーの団体である日工組や日電協、販社の団体である全商協や回胴遊商といった業界団体。パチンコホールの団体だけでも、全日遊連、日遊協(遊技機メーカーとの横断的な団体ですが)、同友会、余暇進、PCSAとあります。もはや「国」同士で縄張り争いをしている状況にはないことは明白ですが、一致団結することは可能なのでしょうか。

 依存問題から遊技業界やカジノを見ると、事態はさらに複雑です。まず、カジノの依存問題がどのようになるのか、まだ見えていない。国の依存問題政策は、カジノだけでなく公営競技やパチンコ・パチスロなど「遊技」を包括する対策案を議論する方向ですすんでいます。遊技をカジノのような賭博とは切り離して考えている遊技業界の立場からすれば、依存問題の分野に限ったとしても、カジノ業界と同じ枠組みが遊技業界にも適応されることには抵抗感があります。だからといって、世間や政府がカジノと遊技をまったくの別物と見なしてくれるものでしょうか。

 依存問題からスタートするカジノについての議論においてパチンコ業界は、「パチンコ業界(地球)のモラルある統治は平和裡に、完璧に行われている」、「領土争いのような現象は起こっていない」と、世間と政府にアピールすることはできるでしょうか。それをジャッジするのは、これまでは業界を所管する警察であり、忠誠心の強いヘビーユーザー化したファンでした。ですがこれからの議論においてジャッジを下すのは、政府・内閣であり、校正る同省をはじめ複数の省庁にまたがる省庁であり、パチンコとは縁をもたない世間一般となります。

AGFJ 平田
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2017年01月05日

閉鎖系から開放系へ

 明けましておめでとうございます。RSNでも本年の業務を本日より再開いたしました。旧年中はたいへんお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 RSNは、「ぱちんこ依存問題相談機関」です。私たちが業務上で直接に関心を持つ領域は、パチンコ産業(パチンコ業界)と依存問題の2つとなります。依存問題の領域では、依存問題の解決を目的に活動する自助グループのほか、精神疾患として依存の問題と関わってきた精神医療(精神医学)、行政の窓口となる社会福祉・精神保健福祉の分野、そしてNPOに代表される市民活動の分野とリンクしています。さまざまな領域・分野を横断していることが大きな特徴です。私個人のことを言えば、最近の10年ほどはパチンコ産業の取材に集中していたために、依存問題の領域は新鮮で刺激的な一方で、これから勉強しなくてはならない領域や事柄が目の前に山積みとなっています。

 パチンコ産業と依存問題という2つの「業界」を見比べた場合、依存問題の「業界」は前述の通り、医療、行政、福祉、市民団体など、さまざまな分野が重層的に絡み合って成立しており、その裾野はかなり広範に拡がっていると言えます。もう一方のパチンコ業界は、他の領域からの独立性が高く、他の領域(極端に敷衍すれば一般社会)との関係性や相関性が希薄であると言えそうです。パチンコに無縁な人から見れば、パチンコ業界はブラックボックスとなっており、まるで独立した小宇宙のように見えるそうです。昨年12月のIR推進法案(カジノ法案)についての論議において、日本でいわゆる「ギャンブル依存症」をつくりだしている最大の発生源として、パチンコ産業がマスコミからだけでなく一部の依存問題「業界」からもバッシングを受けました。そのような事態を招いたのは、パチンコ産業が、多数派の日本人にとっては得体の知れない、なんだかよくわからない未知の存在となってしまっており、恐怖心や警戒心を抱かれているからであったと思われます。

 「依存症」がパチンコ産業に対するバッシングの切り口となったのは、多くの日本人にとって「パチンコ=依存症」という等式が説得力を持つようになっているという既成事実があるからでしょう。多数派の日本人にとってはパチンコに関して「依存症」以外の情報が届かない状態となっているのかもしれません。このことは、パチンコ産業からパチンコの「小宇宙」の内側にいる人たち向けの情報は出されてはいても、外側の一般社会へは効果的に発信されていなかったと解釈することができます。

 閉鎖系から開放系へと変わる――パチンコ産業の現在的な課題はここにあるのではないでしょうか。良いことも悪いことも、さまざまな情報をありのまま一般社会に向けて発信していき、乖離した小宇宙であることをやめて、一般社会へと復帰することを目指してみてはいかがでしょうか。依存の問題は、パチンコ産業を攻撃する「口実」となりました。ですがこれは、多くの人がパチンコに関して「依存症」という言葉しか情報を持たなかったからなのかもしれません。この依存の問題は、ネガティブで、しかも曖昧、かつ断片的な情報ではありますが、パチンコ産業と、その小宇宙の外にある一般社会を結びつける細い糸口ともなっています。カジノについての議論をきっかけにパチンコ「依存症」へ焦点が当てられたこの機会に、パチンコ業界は全力でこの問題に取り組み、またその取り組みを社会に発信していくべきでしょう。

 これまでもパチンコ産業は幾度もピンチをチャンスに変えてきました。業界が本気で取り組めば、今回も乗り切ることができると信じます。

AGFJ 平田
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2016年12月27日

16年の年末から17年の年始にかけてのタイミング

 カジノを含むIR(特定複合観光施設区域)推進法が15日午前1時に成立してからの2週間弱というわずかな期間に、政府は「ギャンブル依存症」対策の骨子を急ピッチでまとめています。この年末から来年初めにかけてが、パチンコ産業の未来を決める重要な時期であると考えます。このブログではその理由を述べます。

 まず前提として確認しておきたいことが2点あります。現在議論されている「ギャンブル依存症」の範囲には、カジノの「依存症」対策だけでなく、競馬、競輪、競艇などの公営競技と、パチンコ・パチスロなどの遊技への「依存症」対策が含まれているということです。このことは、「ギャンブル依存症」対策への取り組みについて言及したIR推進法の附帯決議のなかで、「カジノにとどまらず、他のギャンブル・遊技等に起因する依存症を含め、ギャンブル等依存症対策に関する国の取組を抜本的に強化する」と書かれています。この表現は文脈的に、これまで風営法により規制されてきた遊技産業の監督官庁は警察庁でしたが、今後はパチンコ産業への「依存症」についても所管するであろう厚生労働省など他の省庁が監督指導する可能性が高いことを意味しています。そのため、パチンコ産業にとってカジノに関する政策議論は、他人事ではなく直接関係することになる重要な事案です。その原型となる骨子が2017年の仕事初めまでに固まろうとしています(すでにある程度、固まっています)。

 次に確認しておきたい前提が、「ギャンブル依存症」対策の策定がIR実施法案の議論よりも優先されているということです。というのも、IR推進法の審議の過程で連立与党である公明党からの一致した賛同を得られなかったこともあり、まずは公明党が求める「ギャンブル依存症」対策を強力に推進する必要に迫られているのです。26日には「ギャンブル依存症」対策をテーマとした関係閣僚会議を開きました。また政府は年明け早々にも省庁横断組織の「ギャンブル依存症等対策室(仮称)」を設置するという情報も出ています。

 この政府が描くシナリオのまま事態が進行すれば、厚生労働省などにより定められた一元的な「ギャンブル依存症」対策の制度的な網が、遠からずパチンコ産業にもかけられることになるでしょう。その時期は、カジノの運営開始よりも先行すると予想されます。これまで風営法にある意味「守られて」、産業としての独立性を得てきたパチンコ産業が、はじめてカジノや公営競技と同じ俎上に載せられることになります。そしてこの流れは、「ギャンブル依存症」だけでなく、ゆくゆくは営業権の許認可制度(完全に合法化され、参入障壁だった風営法による縛りの消失)や税制(「カジノ税」と同じ「ギャンブル税」の一形態としての「パチンコ税」創出、つまりは税負担の強化)、そして機械や機器への規制(カジノのスロットマシンと同じ一元的な新基準の、かつて遊技機と呼ばれていた機器への適用)にまで及ぶ可能性が高い。

 パチンコ産業の「ギャンブル依存症」対策に絞れば、いまカジノの法制化にともなって新たな制度的な網がかけられようとしているのは、これまでに十分な対策を行ってきたとは政府や社会から見なされていないことが原因です。象徴的な数字が「536万人」という日本の「ギャンブル依存症」患者数です。この数字は2年以上も前の2014年8月にパチスロが主犯であると指摘されて全国紙で報じられました。ですがパチンコ産業は、それを否定する作業を怠りました。そのツケがまわってきました。カジノ推進法についての議論では、日本社会の民意を代弁したマスコミと各政党が、国会や政府に手厚い「ギャンブル依存症」対策を求めました。これまでの対策は不十分であったという社会の憤りや不安が表面化し噴出したのです。

 業界独自の対策が評価されて、これからの政策に活かされるという余地がこの段階になってもまだ残っているのか、わかりません。ですが、いま現在というタイミングは、まさに政策決定の下絵が描かれている段階です。ここでパチンコ産業が、自浄作用や産業としての自主性・自律性を社会や政府に示すことができるかどうかは、今後の産業の未来に決定的な影響を与えると考えています。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年12月19日

IR推進法案審議がもたらした「モヤモヤ感」と、それへの来るべき解消圧力

 カジノを含む統合型リゾート(IR)の実現に筋道をつける通称「IR推進法案」、あるいは「カジノ法案」が12月15日午前1時に国会で成立しました。11月30日に唐突に審議入りしたので、審議に要した時間はわずかに半月間。カジノ研究者の木曽崇氏がツイッターで逐次コメントを交えて進行を伝えてくれたため、よく整理された形で審議を見守ることができました。

 私はこのIR法案審議の過程で、すっきりとしないモヤモヤとした違和感、あるいは不快感を覚えていました。来年の2017年には、この「モヤモヤ感」を解消しようとする圧力が、政治的・社会的に大きくなると予想します。私が感じた「モヤモヤ感」の正体に目を凝らすと、3つのレベルに腑分けできることに気づきました。1つめは国会審議の過程、2つめは「ギャンブル依存症」の前景化、3つめはパチンコ業界の反応です。

 1つめの国会審議についての感想は、私はもちろん政治分野の専門家ではありませんので、一国民としての素朴な感想です。特に民進党と公明党に対する「モヤモヤ感」となります。国会審議では、衆議院での強硬可決後、民進党には議長ポストを握る参議院内閣委員会での徹底審議と徹底抗戦が期待されていたのですが、あっけなく採決に協力してしまい、審議の打ち切りと可決を許してしまいました。また、これまでの10年以上にわたる日本へのカジノ導入を巡る議論において、推進派にとっての最大の足枷となっていた連立与党の公明党が、今回は党としての意見をまとめることができませんでした。IR推進法案の成立過程には、マスコミの常套句である「議論が尽くされぬまま」「うやむやのうちに」という表現がまさにぴったりと当てはまってしまいます。

 次の「モヤモヤ感」は、カジノ法案審議を巡る国会審議やマスコミ報道で「ギャンブル依存症」、なかでも特に「パチンコ依存症」に焦点が当てられ前景化したことに対して、となります。日本の「ギャンブル依存症」についての報道では、「厚生労働省の研究班」が発表したという「成人人口の4.8%にあたる536万人」という「罹患者(?)」に関する数字が盛んに引用されました。この「536万人」は、最大規模のファン人口を擁し売上を出している既存「ギャンブル」のパチンコ産業が主に生み出したものであると説明され、東日本大震災以来の大きな拡がりでバッシングが繰り返されました。

 最後の「モヤモヤ感」のレベルは、カジノが日本に導入されることが決まり、また「ギャンブル依存症」の主犯とされてパチンコへのバッシングが拡がったにもかかわらず、パチンコ業界がカジノ議論は他人事であるかのように泰然として構えているように見えたことです。

 以上、3つのレベルの「モヤモヤ感」のうち、RSNという「ぱちんこ依存問題相談機関」に身を置く現在の私に直接かかわってくるのは、2つめの「ギャンブル依存症」についての議論です。「ギャンブル依存症」あるいは「ぱちんこ依存問題」については、ここでの前のブログエントリーで書いたように、実態がまだよくわかっていない、いわばグレーな存在です。論者の立ち位置によって、白に近づけて無害だと主張することも、黒と見なして断罪することも許容するようなグレーな箇所を争点化することで、反対論者からの攻撃をかわす足場を確保しながら相手を攻撃することが可能となります。グレーなものを「黒」と言っても、相手は明快に反論できませんし、グレーなままに放置していたことも相手側の瑕疵となります。「536万人」という象徴的な数字を持つ「ギャンブル依存症」や「パチンコ依存症」への恐怖が、カジノという未知なるものへの漠然とした国民の恐怖とすり替えられました。

 ただし、グレーな存在は前景化した瞬間から、グレーなままでいることを許されなくなります。パチンコ産業には、釘問題と換金問題という2つのグレーだった問題があり、業界メディアにとってはいわばタブーとされ言語化が避けられてきました。メーカー側の関与が疑われた釘問題については、一連の「遊技くぎ」問題の「落としどころ」として約72万台が撤去されることにより、「黒」だったが決着済みの案件として業界的には処理されました。また換金問題については「承知している」、すなわちはっきりと「白」と見なすという政府の答弁書が、IR推進法案審議入りの直前という「偶然」と言うには出来過ぎのタイミングで国会に出されています。そのため、三店方式についてグレーな点の残るホールには、早急に「白」として実態を整備することが要請されています。IR実施法案の整備される2017年には、「ギャンブル依存症」「パチンコ依存症」に白黒の判定をつけようとする動きがすすむでしょう。すでにいくつかの機関・団体が、実態調査に着手する、あるいはすでに準備をすすめているとアナウンスしています。

 これまで、風営法下にあるパチンコ産業の所管官庁は警察庁のみでした。ですが「ギャンブル依存症」の問題は今後、パチンコなどの「遊技」と公営競技を含んだ「ギャンブル等依存」への対策として、厚生労働省が一括して所管することになりそうです。またこの「ギャンブル等依存」に関わる制度設計がIR実施法案策定の過程と一体化して行われれば、観光庁を傘下に持つ国土交通省や、民間企業を監督する経済産業省との調整も必要になると予想されます。内閣府の直轄案件であれば、国家公安委員会・警察庁とともに消費者庁が表に立つかもしれません。またさらに、財務省国税庁管轄の税体系についての議論では、カジノからの税収の延長線上に「パチンコ税」が創設される可能性もあります。パチンコ産業は、警察庁の意向をうかがうだけでは済まなくなり、日本社会全体を意識することが要請されるようになります。パチンコ産業にとってIR推進法の成立は、そのような歴史的な意味を持っていたと言えます。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年12月07日

これまでのギャンブル依存問題が持っていた「ややこしさ」

 カジノを含む統合型リゾート(IR)を整備するための推進法案が今月6日、衆議院本会議で可決され、参議院に送られました。カジノ解禁に対する最大の懸念材料として反対派から提出されているのが、ギャンブル依存の問題です。インターネット上では、カジノそのものについての議論以上にギャンブル依存の問題について、それぞれの立場から多くの意見が提出され、モニターしているだけでたいへん勉強になりました。

 合法的な賭博としてカジノが登場すれば、それとセットでギャンブル依存の対策が登場することになります。これからギャンブル依存の問題について、本格的な議論が始まろうとしています。

 ところで、これまでギャンブル依存の問題には、いくつかの「ややこしさ」があって、活発な議論が行われにくい状況にあったと思っています。それはなぜか。私なりに整理してみます。

 まず前提として、これまで日本のギャンブルへの依存問題は、パチンコ・パチスロへの依存問題に集中していたという事実があります。パチンコ・パチスロが「ギャンブル」なのかどうかについての議論をいったん棚上げするとして、参加人口の規模でも投資金額の規模でも、パチンコ産業が圧倒的なシェアを占めてきたためです。また、競馬、競輪、競艇、オートレースと分かれ、監督官庁も設置主体もバラバラな公営競技とは違ってパチンコ・パチスロ産業は、警察庁を監督官庁として風営法により規定され、さらに業界団体が活発に活動しているという、産業としての一体性があります。そのため、日本においてこれまでギャンブル依存の問題に向かい合ってきたのは、パチンコ産業であると言えるでしょう。ここからは、これまでの日本のギャンブル依存の問題を引き受けざるを得なかったパチンコ・パチスロへの依存問題に特定して整理してみます。

 パチンコ・パチスロへの依存問題についての「ややこしさ」のひとつには、「立場表明」が求められがちだという状況があります。もうひとつの「ややこしさ」は、この問題について発言し、あるいは関わる人たちの専門分野や活動分野がさまざまであり、対話を成立させる共通言語が生まれにくかったということがあります。

 まず、「立場表明」について。発言者あるいは関与者に求められる主な「立場表明」には、@「パチンコは、刑法が禁じる『賭博』である/ない」という法解釈的な立場、A「パチンコへの依存は、『依存症』という病気(疾病)である/ない」という医療診療の見地によって分かれる立場、B「パチンコは社会にとって必要な娯楽である/ない」を問い、パチンコそのものの存在を許容するのか、あるいは社会から排除すべきと考えるのかという社会思想的な立場の3つがあります。これらの立場を鮮明にした方が議論はスムーズに始められますが、反対派からの攻撃にさらされる可能性が生まれます。

 次に発言者や関与者の専門分野や活動分野について。主な専門分野や活動分野には、@いわゆる「ギャンブル依存」(ギャンブリング障害)を診療する精神医療の専門家、すなわち精神科医、A精神保健福祉士や社会福祉士といった国家資格を得るための方法論に準拠する行政や民間の援助職者、Bギャンブル依存の問題に先進的に取り組んできたGAやギャマノンに代表される相互援助グループや家族会など市民団体、C独自の対策を行ってきたパチンコ業界の4つがあります。専門分野や活動分野が違えば、世界観や言語体系、前提となる知識が異なるために、生産的な対話は生まれにくい状況となりがちです。

 推進法が成立すれば、来年の1年をかけて、具体的な実施法が議論されることになります。そこでは当然、特に重要なテーマとして、ギャンブル依存への対策が焦点となります。議論の場では、カジノだけでなく、既存のパチンコ・パチスロや公営競技への依存対策も採りあげられることになるでしょう。この機会に、これまでのギャンブル依存の問題が抱えていた「ややこしさ」が解消されて、問題を抱える人たちに寄り添った議論が積み重ねられることを期待したいと思います。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年12月01日

中間の言葉

 今回は(今回も?)個人的なことを書きます。すみません。

 沖縄についてのテキストで特に印象に残っているのは、大阪出身でウチナーンチュ二世の仲村清司が書いた、「沖縄は、表層だけを語ると叱られるし、深入りすると火傷する」という表現です。近著の『消えゆく沖縄』でも、このフレーズは繰り返されていました。

 この仲村と、沖縄をアジアの文脈に位置づけた旅行作家の下川裕治、そして沖縄の出版社であるボーダーインクの新城和博の3人が、沖縄をポップで軽い文体のテキストを使って表現し始めました。1990年代後半のことです。特にボーダーインクの雑誌「ワンダー」は、沖縄に来るたびに夢中になって読みました(2005年に休刊)。

 この頃に私のなかでもうひとつの「沖縄」像を形づくったのが、新崎盛暉らの雑誌「けーし風」でした。この雑誌や新崎らの本から、基地問題をはじめとする政治的、あるいは社会的な問題について学びました。仲村らのテキスト群と新崎らのテキスト群は、沖縄についての表現の「軽み」と「重み」の両極にありました。私のなかで沖縄はいつも重いテーマでありつづけています。住んでみたいけれど、うかつに触れると大火傷しそうな場所です。そんな沖縄を軽く表現して見せる仲村たちを眩しく眺めていました。

 話題をテキストから音楽に移します。音楽の世界では、内地での「沖縄ブーム」はテキストよりも5年ほど先行していました。1990年代の初め頃、照屋林賢のりんけんバンドや知名定男プロデュースのネーネーズらが、セゾン系列「WAVE」などのCDショップで当時のワールドミュージックブームの流れで紹介され、私も聴き始めました。沖縄民謡の影響を色濃く残した音楽です。

 その対極に、初期のBIGIN、安室奈美恵と彼女につづく沖縄アクターズスクール出身者の芸能界への輩出、そしてすこし後になりますが、ORENGE RANGEなどインディーズから火が付いたバンドの登場があります。沖縄らしさを意識しない(意識させない)沖縄発の音楽です。沖縄にまつわる音楽の流れにおいて、民謡と現代ポップスの中間を埋める役割を果たしたのが、宮沢和史・THE BOOMの「島唄」でした。宮沢は、この「島唄」のヒットによって沖縄の音楽界からさまざまなバッシングを受けたと、繰り返し語っています。この曲は私に、沖縄、あるいは「他者」を表象することのむずかしさ、そして可能性に、あらためて気づかせました。

 話題をテキストに戻します。何かの業界やジャンルについての発話がなされる場合、ムラ社会の住人だけに向けたジャーゴンまみれの言説か、あるいは外部向けの意味や質量をほとんど持たない表現ばかりが生み出されているような気がしています。

 ジャーゴンという言葉には、専門用語という意味のほかに、脳機能障害による失語症という意味もあるそうです。沖縄にようやく移り住むことになったのは、失語症に陥ってしまわずに、「軽み」と「重み」を強く意識せざるを得ない場所に身を置いてみて、その中間にある言葉をさがしてみたくなったから、なのかもしれないなあと思っています。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年11月18日

増えるミッドナイト競輪

 パチンコ産業だけでなく、範囲を広げてギャンブリング・ゲーミング関連のニュースをチェックしています。最近、気になったのが、いくつかの競輪場が新たにミッドナイト競輪を始めるというニュースがつづいたことでした。

 ミッドナイト競輪とは、ナイター競輪終了後の21時から23時あるいは24時頃までに、観客をひとりも入れない競輪場で行われる競輪のこと。試合の様子をインターネットで視聴できます。2011年に小倉競輪場からスタートし、前橋、青森、高知、佐世保とつづき、今年に入って玉野と奈良でも始まりました。さらに12月13日からは武雄が、来年1月8日からは西武園がスタートします。また、日程はまだ決まっていないようですが宇都宮が1月からの開催を予定し、弥彦も2017年度の開催を目指し準備しているようです。西武園が開催するとミッドナイト競輪の場数は9場。すでにほぼ毎日通年で開催できるだけの競輪場が揃いました。開催日は、1日に2場で開催される場合を2日とカウントすると、2015年度の225日から、2016年度には上期だけで171日に増えています。無観客でレースを開催し、競輪場では車券を販売しないため、最小の経費で開催が可能です。競合する公営競技の行われていない時間に全国のファンがインターネットで投票するため、各場の収益改善に大きく貢献しています。

 競輪の売上は、ピークとなった1991年度から2013年度まで、22年間にわたって減少しつづけました。1991年度には1兆9553億円あった売上は、2013年度に6063億円にまで減少。ピーク時の約3割です。ですが2014年度に売上が23年ぶりに好転。その原因となったのが、インターネット投票でした。

 競輪の車券販売は、競輪場(本場)、「サテライト」などの名称を持つ場外(別の公営競技との相乗りを含む)、そして電話・インターネット投票の3種類に大別できます。本場での売上額と販売比率は一貫して減少しつづけており、1991年度には80.3%あった総売上額に占める販売比率を2013年度には8.6%に減らしました。場外での売上額はほぼ横ばいで推移したため、販売比率は増加しました。売上額を増加させ2014年度以降の総売上を増加させたのが電話・インターネット投票、特にインターネット投票です。極論を言えば、本場での販売比率が1割にも満たない現状が改善しないのであれば、経費削減のために日中のレースも観客を入れずインターネット中継だけにしてしまった方が利益を確保できそうです。

 賭式の高配当化も、売上額の増加に貢献しました。女性選手によるレースが注目を集めていますが、本場への来場者の増加に結び付いているかは疑問です。「賭け、配当を受け取る」という行為以外が削ぎ落されているような気がします。競輪場に足を運び、レースをほかの観客と一緒に直接観戦し、時間と空間を共有するというリアルな体験が競輪から消え去る日が、いつか来るのかもしれません。地方自治体の財政と自転車産業の振興に寄与するという目的を措くならば、レースを日本国内で開催する必要はなくなり、生身の選手による実際のレースである必要すらなくなるでしょう。私たちはどうやら、公営競技の大きな転換期に居合わせているようです。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年11月07日

沖縄にも秋到来

 最近、夜や明け方の最低気温が20度から22度あたりまで下がるようになりました。日差しが無く、風の強い日には肌寒ささえ感じます。2週間前までクーラーをつけて寝ていたのですが、先週には窓を閉めて寝るようになり、この週末に急いで掛け布団を出しました。

 気温の変化とともに、空気が乾燥しました。これまでは毎日、湿度が高くジメジメとしていたのですが、最近はからりと晴れわたる日が多くなり、洗濯物がよく乾きます。日差しは相変わらず強烈ですが、湿度が低いため実際の気温よりも涼しく感じます。

 10月には毎週末のように各地で祭りが開催されていました。旧暦では9月、秋祭りです。ですが10月に入っても下旬まで夏の気候がつづいたために、秋祭りという実感は湧きませんでした。いま住んでいる首里の祭りは11月3日、文化の日にありました。首里城やその周辺では日中、「琉球王朝祭り」として再現した衣装を着た人たちが練り歩く時代行列が行われました。私たちは夜を待って、中学校の校庭で行われた各町の旗頭の競演(ガーエー)と獅子舞を見に行きました。この日まで毎夜、近所の公民館で旗頭の練習が行われていて、その太鼓と鐘の音、そして掛け声が風にのって聞こえていました。そのこともあって、自分たちの住む町の旗頭が登場するとうれしくなりました。

 沖縄には「ミーニシ」という季語があるそうです。漢字では「新北風」。夏の間の湿気を多く含んだ南風(ハエあるいはパイカジ)から突然、北風(ニシ)に変わることを指しています。ある日を境に風の向きが変わるというのは、海に囲まれた島ならではの気候の変化だと思います。風の変化と、町内の秋祭り。沖縄にも先週、ようやく秋が来ました。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年10月24日

『セントラルパーク津久見店』での取材

 先週の木曜日と金曜日の2日間、取材のため大分県津久見市を訪れました。沖縄から津久見へは、那覇空港から福岡空港までの空路とJR博多駅からの陸路を合わせて約6時間。博多駅から特急「ソニック」で終点の大分駅まで行き、宮崎行きの特急「にちりん」に乗り換えてさらに40分ほどかかります。車窓からは収穫直前の稲穂が黄金色に輝いて見え、また町のあちこちにはキンモクセイの甘い香りが漂っていました。沖縄ではまだ最高気温が30度を超える日が多いのですが、大分の秋はすっかり深まっていました。

 津久見市は大分県の南東部にあり、豊後水道に面しています。北に臼杵市と、南に佐伯市と接しています。基幹産業としては、天然の良港があり、かつ石灰岩の産地であることからセメント工業が発展。サンクイーンや清見などの柑橘類の栽培と、マグロをはじめとする漁業が盛んです。

 取材では、パチンコホール『セントラルパーク津久見店』のバックヤードにおいて、同店を運営する株式会社 セントラル カンパニーの力武一郎代表取締役社長、そして同店の櫻井店長、平島副主任をはじめとするスタッフの方々に、主に依存(のめり込み)の問題への対応について、お話をうかがいました。力武社長は、パチンコへの依存(のめり込み)をいち早く問題提起し、業界団体に働きかけてリカバリーサポート・ネットワーク(RSN)設立に深くかかわった、いわばRSN「生みの親」のお一人です。力武社長には、自店舗での依存(のめり込み)問題への対応についてだけでなく、活動開始から10年が経過したRSNの活動について、また最近のパチンコ業界についても聞いてきましたので、RSN機関誌「さくら通信」などで記事にしていきたいと思います。

 隣町の臼杵や佐伯には、九州の大手ホールチェーン企業の系列店があります。また道路事情にもよりますが、車で1時間ほどかかる大分や別府の巨大商圏にはナショナルブランドのホールチェーン企業が進出しています。ですが津久見市内のパチンコホールは現在、『セントラルパーク津久見店』1店舗のみ。地域住民に占める高齢者人口の割合が高いことを反映して、特に平日昼間の顧客には高齢者層の比率が非常に多くなっているとのことでした。

 同店における接客面での最大の特徴は、『セントラルパーク津久見店』ではスタッフの一人ひとりが「お客様リスト」をつくっているということです。リストには個々のお客様の特徴やお客様とのやり取りが書き込まれていて、その情報をスタッフ間で共有します。スタッフは、特に注意が必要だと思われるお客様については、コミュニケーションと観察を通して、パチンコやパチスロの遊技機の好みや利用する遊技料金の価格帯だけでなく、家庭環境や性格、お財布事情までを想像し、のめり込みの問題が起こってはいないかを見守ります。気軽に声をかけてもらえるような話しやすい雰囲気づくりも重要です。「店長を呼んで来い」というクレームや「出らんなー」といった愚痴があっても、それらは実はスタッフに話を聞いてもらいたいだけだった―――という時もあったそうです。

 パチンコを取り巻く環境は急速に変化しています。パチンコが勝ち負けよりも時間消費型の娯楽としての性格をさらに強めていったとき、またパチンコホールが高齢化のすすむ過疎地において、残り少なくなった人の集まる施設としてコミュニティにおける存在感を高めていったとき、パチンコとパチンコホールに期待される役割もこれまでとは変化せざるを得なくなります。

 顔認証技術や位置情報処理技術の発達によって、お客様をデータに還元し処理する技術が日進月歩の進展を見せています。ですが依存(のめり込み)の問題はデータに置き換えられたお客様像からは見えてこないのではないでしょうか。この問題は、顔の見える人格的な、そして社会的な関わりの中で像を結ぶお客様像からのみ、ぼんやりと見えてくる問題であると思われます。

知的情報サービスセンター 平田
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2016年10月11日

沖縄の大衆酒場

 沖縄では最近、低価格帯の居酒屋、いわゆる「大衆酒場」が増えています。この大衆酒場ブームの火付け役となったのは、那覇・牧志の公設市場近くの「足立屋」です。宜野湾にある同名の店舗が2014年に支店としてオープンさせました。店舗責任者へのインタビューを連載するブログ「沖縄良店」によれば、店舗モチーフは東京都足立区にある居酒屋とのこと。「足立屋」は、牧志にもう1店舗、さらに与那原、沖縄市コザにも系列店を出店しており、急速に店舗数を増やしています。「足立屋」の特徴は、ドリンク・食事メニューともに価格帯が1品数百円〜500円程度と安価なこと、沖縄料理のメニューがほとんど無い一方でホッピーや電気ブラン、キンミヤ焼酎など東京の居酒屋でよく見かけるドリンクメニューが揃っていること、牧志の店舗にはドリンク3杯+料理1品で千円というお得なスタートメニューの「せんべろ」があること、などです。

 「ひとり飲み」、「昼飲み」、「立ち飲み」といった習慣が根づいていなかったこともあって、以前には大衆酒場に対するニーズは小さかったと思われます。最近になってこのジャンルの店舗が増加しつつある要因としては、経済格差の一層の拡がり、アジアからの観光客や本土からの移住者の増加による社会の構成員と価値観の多様化、職場や親族、模合などによる会合の減少による旧来の居酒屋への需要減などを指摘することができそうです。また、牧志やコザなど中心市街地のアーケード商店街が空洞化して出店へのハードルが下がりつつあることも、新規の大衆酒場の出店を後押ししているのでしょう。

 タウン誌『おきなわ倶楽部』10月号の特集は「おきなわneo大衆酒場」でした。宜野湾「足立屋」責任者の當山氏はブログのインタビューですでに店舗コンセプトを「ネオ大衆酒場」と言及しており、同店が最近の大衆酒場ブームを牽引してきたことを特集のタイトルは裏づけています。特集ページには「足立屋」以外にも、日本酒バルや立ち飲みスタイル、トロ函スタイルなど、沖縄では目新しい形態の店舗が紹介されています。

 東京に沖縄の料理店が多くあるように、沖縄に新橋や上野の大衆酒場があってもいいのでしょう。「沖縄では泡盛にチャンプルー」という『常識』が通用しなくなる日が来るのも、そう遠くないのかもしれません。

知的情報サービスセンター 平田
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